経済史

ブレトンウッズ体制とは?わかりやすく解説。成立から崩壊まで。

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この記事ではブレトンウッズ体制の成立と崩壊から変動為替相場制までの流れを解説します。

ブレトンウッズ体制は、現在の国際関係の基調である自由貿易体制の基礎を作り出した体制です。

また、この記事は以下の書籍を参考に作成しています。西洋経済史をわかりやすくまとめた教科書的な書籍です。よかったら併せて読んでみてください。

西洋経済史の記事一覧

古代〜中世:封建制下のヨーロッパ経済
初期近代(近世)①:大航海時代
初期近代(近世)②:国家形成の時代
近代①:なぜ西洋は最初に経済成長できたのか?
近代②:産業革命の時代
近代③:第二次産業革命の時代
現代:第一次世界大戦〜第二次世界大戦
現代:ブレトンウッズ体制
現代③:新自由主義の台頭と冷戦の終結

ブレトンウッズ体制の成立

では早速ブレトンウッズ体制について詳細に解説していきます。

ブレトンウッズ体制とは?

第二次世界大戦の反省から、改めて戦後の世界の経済体制が見直されました。

この見直された国際経済体制がブレトンウッズ体制です。関税や為替管理などに規制が設けられ、自由主義を基軸とした経済体制が構築されたのです。

ブレトンウッズ体制による変化

これを総称して、ブレトンウッズ体制と言います。

ブレトンウッズ会議

1944年7月に連合国45カ国はブレトンウッズにおいて戦後の国際通貨制度のみなおしを協議しました。

ブレトンウッズ会議では、イギリスのケインズ案とアメリカのホワイト案で対立しました。

ケインズ案は、新国際通貨バンコールを創設し、この国際的管理通貨体制のもとでの国際通貨体制を提案しました。

一方のホワイト案は、アメリカに圧倒的な経済的優位を基礎に、合衆国ドルを基軸通貨にするというものでした。

結果として、ケインズ案は通らずアメリカのホワイト案が通過することになります。

ブレトンウッズ体制の結果生まれた組織

これをブレトンウッズ体制と言います。この体制を基軸にさまざまな制度が生み出されます。

そこで生まれたのが

  • IMF
  • 世界銀行(IBRD)
  • GATT

です。以下で詳細に解説します。

IMF・世界銀行・GATT

IMF

1つ目がIMF(国際通貨基金)です。1945年に先述のアメリカ案をもとに設立されました。IMFのもとで各国は合衆国ドルと固定相場と結びつけられました。また、ドルを基軸とする固定相場によって戦時期に縮小した貿易を拡大することが目的にありました。

IMFジョブ2021-2022 | 給与、申請プロセス、要件など。

これにより安定した国際通貨の枠組みが保証されたのです。その一方で、国ごとに為替通貨管理に対しては大幅に制約が加えられることになりました。

そのほかに、外貨不足に陥るといった国際収支上の問題に加盟国が対応することを支援するため一時的に資金を融資の役割も果たします。

世界銀行

2つ目が世界銀行(国際復興開発銀行:IBRD)が設立されました。これは、戦災国に対して復興資金を供給することを目的として設立されました。

世界銀行 - Wikiwand

この銀行はのちに、発展途上国向けに資金を供給する役割を果たしていくようになります。

GATT

IMFは、国際通貨の枠組みから貿易の拡大を狙ったものでした。それに対して通商の面から貿易の拡大を狙ったのが1948年に発効したGATT(関税と貿易に関する一般協定)という枠組みです。

これは、関税や数量規制などの貿易障壁の軽減もしくは撤廃を進めることを目的としたものです。加盟国間での差別的待遇を廃止し、一般的最恵国待遇にすることが取り決められました。

GATTの枠組みは徐々に整備が進んでいき、1964〜67年のケネディーラウンド、1973〜79年の東京ラウンドで、関税の大幅一括引き下げを決議していきました。

Different rounds of GATT and WTO - QS Study

1986年のウルグアイラウンドではGATTから世界貿易機関(WTO)へ発展しました。関税の対象も農業やサービス、知的所有権にまで拡大されました。

CHECK
  • IMF(国際通貨基金):各国は合衆国ドルと固定相場と結びつけら
  • GATT(関税と貿易に関する一般協定)関税や数量規制などの貿易障壁の軽減もしくは撤廃を進める
  • 世界銀行(国際復興開発銀行:IBRD):戦災国に対して復興資金を供給することを目的

ドル危機(ニクソンショック)の勃発

ドル危機以前まではブレトンウッズ体制によってドルが基軸通貨になっていました。ドル危機とは基軸通貨の位置を占めてきた合衆国ドルに対する信頼が揺らいだことです。

これにより、世界の通貨体制の軸が失われ世界経済の不安定さがましました。その結果変動為替相場制へと移行しました。

ドルが基軸通貨であった時代に関しては以下の記事で書いてあります。

以下では詳細に解説をしていきます。

ドル危機

ドル危機とは、ドルの基軸通貨としての役割が揺らぐような出来事です。アメリカ政府は、資本流出の抑制や外国の株式や債権を購入する際に、利子平衡税を1964年に導入するなどのドル防衛策につ止めました。

しかし、1971年にニクソン大統領はドルと金の交換停止、10%の輸入課徴金新設を内容とする新経済政策を発表しました。これをニクソン・ショックと言います。

ニクソンしょっく
ニクソンショック時のニクソン大統領

ドルショックの要因

  • アメリカの経済的優位が日本やヨーロッパの経済的優位が失われたこと
  • 1960年代のベトナム戦争や福祉政策による支出

が挙げられます。これにより合衆国ドルの価値が下がるからです。

なぜか?前者の場合、日本やヨーロッパが経済成長を遂げる中でアメリカへの輸入が増加しドルが海外へ出ていくから。後者の場合、財政赤字によってドルの信用が失われるからです。

これにより低下したドルを守るためにドルと金の交換を停止したのです。これにより、戦後から守られてきた固定相場制に限界が生まれるようになります。

CHECK

ドルショックの要因には

  • アメリカの経済的優位が日本やヨーロッパの経済的優位が失われたこと
  • 1960年代のベトナム戦争や福祉政策による支出

が挙げられます。これにより合衆国ドルの価値が下がるからです。

変動為替相場制への移行

ニクソン声明以後の1971年12月18日に、スミソニアン合意によってドルを軸に為替レートが調整されました。ドルは金に対して7.89%、日本円は16.88%切り下げられました。

スミソニアン博物館
スミソニアン合意が行われたスミソニアン博物館

しかし、固定相場制は維持することができず、1973年以降は政府や通貨当局の為替管理の下から離れ、市場原理によって為替が決定されるようになりました

固定為替相場制では、貨幣の価値は大きく変動しませんでした。しかし、変動為替相場制では大幅に貨幣の価値が変動していくようになったのです。

これにより国境を超えた資金の移動が活発化するようになったのです。これにより為替の市場取引が爆発的に成長しました。

また、変動為替相場制に関しては国際マクロ経済学の記事で解説しています。あわせてお読みください。

CHECK

変動為替相場制への移行で、国境を超えた資金の移動が活発化するようになったのです。これにより為替の市場取引が爆発的に成長しました。

さいごに

最後まで読んでいただきありがとうございます!西洋経済史に関する理解は深まったでしょうか?他にも西洋経済史の記事は以下にまとめてあるのでぜひ読んでみてください。

西洋経済史の記事一覧

古代〜中世:封建制下のヨーロッパ経済
初期近代(近世)①:大航海時代
初期近代(近世)②:国家形成の時代
近代①:なぜ西洋は最初に経済成長できたのか?
近代②:産業革命の時代
近代③:第二次産業革命の時代
現代:第一次世界大戦〜第二次世界大戦
現代:ブレトンウッズ体制
現代③:新自由主義の台頭と冷戦の終結

また最後におすすめの書籍を紹介したいと思います。まず、この記事は以下の書籍をもとに執筆しています。有斐閣アルマの「西洋経済史」は非常にベーシックな内容となっているので、学ぶ上で非常にためになると思います

ただ難易度がやや高いので、もう少し難易度を下げたい方は以下の書籍もおすすめです。この「やり直す経済史」は日本に関しても言及しているので、親近感を持って経済史にのぞむことができます。

また、これまでの経済史は西洋中心の考え方になっています。しかし、世界にはアジアやイスラーム地域に関しては忘れられがちです。そこで「グローバル経済史入門」は、東南アジアなども含めたグローバルな経済史を描き出しており、非常に学びが深いです。ぜひ読んでみてください。


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